投稿者 : webmaster 投稿日時: 2017-11-01 11:59:01 (125 ヒット)

大ちゃん事件
この事件は神奈川県の片隅で10歳の男の子がダンプに曳かれた大事故に遭って出血多量でなくなったという事件でしたが、多分全国紙の大きな記事となって全国を揺るがせた大事件となりました。
1985年6月6日の午後4時35分、神奈川県川崎市高津区のJR久地(くじ)駅前交差点で交通事故が発生したとの119番通報が入りました。
これは、エホバの証人の危険さを日本全国に知らせた有名な事件となりました。その当時10歳の大ちゃんという少年が交通事故に遭ったのでした。両足をダンプカーにひかれるという大事故でした。病院に運ばれた大ちゃんは、出血多量で医師から輸血を勧められたのです。しかし大ちゃんの両親はエホバの証人の研究生でした。エホバの証人は、聖書から「血を食べてはならない」という禁止命令を重要視して、輸血することは、神エホバの命令違反であるとして教団が禁止していたのでした。
しかし、大ちゃんの怪我は両足骨折という大けがであり出血が多かったため病院の医師たちは両親に一刻も早い輸血を勧めたのでした。両親、特に父親はその輸血禁止であることを教団から聞いていたため、簡単に医師の勧告に従うことができません。しかし医師はそれも一刻を争う事態だと輸血を勧めます。父親は大ちゃんを助けたいのでその勧告に従おうとするのですが、エホバの団体からの禁止命令がある。ためにその長老に輸血の許可を願うのですが、長老は神の命令を無視しろとは言いません。医師の勧告を長老に何度も伝えて許しを請うのですが、エホバの証人の長老はあなたの信仰によると言って、良い返事を聞くことはできません。そうこうしているうちに、大ちゃんへの輸血の機会はなくなってしまい大ちゃんは回復不可能となってしまったのでした。
大ちゃんのお父さんが信じていたエホバの証人という宗教団体についても全国の関心事となりました。そしてルポライターの大泉実成氏の「説得」という実録や、ビートたけしがこの劇の大ちゃんのお父さん役をやったことでも有名となりました。
ここで有名になったのは、エホバの証人という新興宗教の長老が輸血を許可しなかったことに対する賛否!?でした。(続く)


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2017-10-19 10:15:23 (126 ヒット)

エホバの証人は、「私たちはエホバ(神)を信じているので、イエスも信じている」という。
しかし、エホバを信じることとイエスを信じることはまったく異なることに、彼らは気がつかない。しかし、彼らはそのことを無条件で信じて、エホバの証人であることに安心をしているようである。何故彼らはそのように信じているのか、聖書を普通に読んでいる私たちには非常に不思議である。

その点について、パウロ(イエス・キリストを信じる前は「サウロ」と呼ばれていたのでサウロとする)の信仰の移り変わりから、少し考えてみたい。
サウロはイエス・キリストに出会う前は、パリサイ人であった。それも他のパリサイ人に比較して聖書の律法の知識の点からまた信仰の深さの点からも群を抜いていた。これは推測でも何でもない。パウロ自身が手紙の中で書いていることだ。

そのときサウロはキリストを救い主と信じている人たち、もちろん使徒たちに対しても、何をしたか、聖書「使徒の働き」から見てみよう。 サウロは、初期教会の信仰の中心的人物であったステパノを石打刑にすることに賛成し(使徒の働き8:1)、石打をする人たちのために上着をあづかったりしているのだ。彼はそれだけキリストを迫害する人たちの信頼を受け、指導的立場にいたと言えるだろう。
 「さて、サウロはなおも主の弟子たちを脅かして殺害しようと息巻き、」と使徒9:1にあるように、彼は、このキリストを信じている人たちを迫害するために、70人議会に申し出て、これらの人たちを逮捕して罰を受けさせるために手下たちとともに先を急いだ。パウロはユダヤ人の中枢の人たちから、これはイエス・キリストを十字架に付けた人たちでもあったわけだが、捕縛する権限をあたえられて、エルサレムから遠く離れたダマスコにまで押しかけようとしたのだ。
「ところが、サウロが道を進んでダマスコの近くまで来たとき、突然、天からの光が彼の周りを照らした。」(使徒9:3)パウロは、ダマスコに近づいたその時、キリストに会ったのだ。多分彼は馬などに乗っていたのであろう。するとその時パウロの目の前に大きな光が輝いた。「彼は地に倒れて、自分に語りかける声を聞いた。「サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか。」彼が「主よ、あなたはどなたですか。」というと答えがあった。「わたしはあなたが迫害しているイエスである。」(使徒9:4〜5)馬と共に地面に倒れ伏したパウロにキリストの声が響いた。そしてパウロは、一時的に失明状態になって仲間の人たちに手を引いてもらいダマスコにたどり着いたのだ。その大きなショックの結果、パウロはキリストを救い主と受け入れるようになったのだ。
そしてパウロはそれらの時を思い出して自分は大悪人だと述懐している。

 パウロは、イエス・キリストを信じていなかったが、神(エホバ)を信じていた。

だから、エホバの証人は「私はエホバ神を信じているから、キリストを信じている。」と当然のように言うことはできない。エホバ神を信じることとイエス・キリストを信じることは違うことなのだ。エホバの証人は、そのことをはっきり認識して、イエス・キリストを信じなければならない。

 では、イエス・キリストを信じていたペテロやヨハネはどうであったか。ペテロやヨハネは、もともと神を信じる人たちであった。ペテロやヨハネは、神を信じていながら、イエスを信じることができた。これは、彼らには非常な幸運に恵まれたということであろう。しかし、彼らにしても、イエスは誰かということを完全に分かったのは多分イエスが十字架にかかられた後であったのではないだろうか。4つの福音書にはそのことが詳しく書かれているので是非読んでみていただきたい。

 そしてイエスがキリスト(メシア)であると信じた人は、その信仰によって救われるのだ。(この項終わり)


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2017-10-11 17:51:30 (113 ヒット)

ある鍼灸師のところへ行ったとき、ポケットに入っていた小さな自転車の鍵が邪魔になると、バッグの中に入れた。
そして施術が終わって帰ろうとしたとき、自転車の鍵が見当たらない。いくら探しても小さなバッグを逆さにして振っても鍵は出てこない。
施術の場所を探してもない。それで、ここにはないとあきらめた場所を探し始めた。するとそのカギは定期入れの中に挟まっているのが見つかった。
「もう、ない。」とあきらめていた場所にそれは在った。自転車は、鍵がないと動かない。小さなものだが非常に大事だ。なければ重い自転車を担いで自転車屋に持っていくか、自家に持って帰らなければならない。

 
エホバの証人は、その大事な鍵を自らしまいこんでしまったために、大変な努力をしているのではないか。
その大事な鍵とは、「イエス・キリスト」である。
いや、忘れていないというかもしれない。しかし、イエス・キリストについてその働きに枠をはめて、「一生けん命に祈らなければ、罪は赦されない」だとかそのお働きを軽んじることをさまざまに押し付けており、聖書に書かれているキリストの御力を制限することによって、証人たちのイエス・キリストに対する信仰を妨げていることは間違いないと思う。
「贖い」についても、そのとおりである。イエス・キリストの贖いは、信じる者には、既に働いているのだ。信仰によって贖いの効果を得るというものではない。
そのことを信じるか否かである。


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2017-08-08 18:34:55 (206 ヒット)

前回、聖書の66の文書は同時並行的に読むことはできないと申し上げたつもりである。創世記に書かれていること、詩篇に書かれていること、イザヤ書に書かれていること、その他すべての文書は、それぞれの時に書かれもちろん神によって聖霊によって書かれたものだから真理であるが、時に応じて書かれたもので、当然ながら同じことが書かれているわけではない。神のご計画は進んでいるのだと思う。

聖書自身にもそのようなことがハッキリと書かれている。たとえばへブル人への手紙の冒頭を読んでみると、
「神は、むかし父祖たちに、預言者たちを通して、多くの部分に分け、またいろいろの方法で語られましたが、」と神の語られたようすが語られている。さらに「この終わりの時には、御子によって、私たちに語られました。」と、御子イエス・キリストが終わりの時に神の言葉を語られたことが言われている。
何故神はこのように多くの部分に分けたりいろいろの方法で語られなければならなかったのであろうか。もちろん神のみぞ知るであるが、その必要性があったからであろう。

 またイエス・キリストも弟子たちにそのように教えられた。ルカの福音書24章にはイエスが十字架にかかって死んだ後よみがえって二人の弟子と出会った話が書かれている。
二人の弟子は、イエスが十字架にかかって死なれたのち、がっかりしたようすで、二人でイエスの話しをしながらエマオというところに向かって歩いていた。するといつの間にかイエスご自身が一緒に歩いている。しかし弟子たちには、その人がイエスだとは分からない。しかし弟子たちの話を聞いてイエスは、「ああ、愚かな人たち! 預言者たちの言ったすべてを信じない、心の鈍い人たち。キリストは、必ず、そのような苦しみを受けて、それから彼の栄光に入るはずではなかったのですか。」と言って、イエスは、モーセおよびすべての預言者から始めて、聖書全体の中で、ご自分に書いてある事がらを彼らに説き明かされた。」
 と、ルカの福音書24章13節から終わりまでに書かれている。

旧約聖書(ヘブライ語聖書と言っても良い)は、いってみれば新約聖書イエス・キリストに至るまでの神の人間に対する救いの歴史である。聖書学者は、旧約聖書は新約を通して理解すべきだと言う。前述のルカの福音書のイエスの言葉によれば、旧約聖書はイエスについての預言と言ってもいいかもしれない。

 エホバの証人が言ってきたように、神の救いの光はますます明るくなって、イエスによって神の救いは完成されたと言えるのではないだろうか。
しかし、エホバの証人の言葉を聞いたり、ものみの塔を読んだりすると、なんということか、福音書からパウロの手紙、ヨハネの黙示録(啓示)へと進むかと思いきや、モーセに連れられたエジプト脱出のユダヤ民族のように、旧約聖書(ヘブライ語聖書)エゼキエルだったり、詩篇だったり、ウロウロとイエス・キリストの救いに入ろうとはしない。しかしモーセは、まちがいなく40年後には、目的地であるカナンの地にイスラエル民族を導いたのであった。

 彼ら統治体は、従順なエホバの証人をどこへ導こうとしているのか!
まさか、サタンも入るという底知れぬところ、燃え尽きない火の池へと案内するのではないだろう。しかし、偽預言者の系譜をひく統治体じしん、悔い改めなければ燃え続けている火の池へ投げ込まれることは間違いないであろう。

「また、獣の前でしるしを行い、それによって獣の刻印を受けた人々と獣の像を拝む人々とを惑わしたあの偽預言者も彼と一緒に捕えられた。そして、このふたりは、硫黄の燃えている火の池に、生きたままで投げ込まれた。(黙示録19:20)


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2017-08-04 22:15:27 (189 ヒット)

聖書は神の言葉であるとエホバの証人も認めている。そのような表題の出版物も出ている。そして以前彼らはよく言っていたが、真理はだんだんに明らかになっていくと。
聖書は初めに創世記があり神が無からすべてをお創りになって、さらに人間をお創りになって、せっかく良く創っていただいたのに、人間は神に逆らい罪を犯し自ら不幸へと転がり落ちて行った。しかしそれを憐れんだ神は預言者などによって助けの手を差し伸べた。
そして最後に、人間の罪を贖うためにイエス・キリストを地上に遣わしたのだった。そしてイエスをキリストと信じる者を永遠のいのちを与えて救うとされた。

おおざっぱに言えば、このような流れが人間の歴史である。そのように聖書にも書かれている。聖書は66の書物の集まりであるが、大きく分ければ39冊の旧約聖書と27冊の新約聖書となる。その大きな違いは、新約聖書はイエス・キリストが現れてから十字架に付けられるまでとその後神のさばきと神の世界に至るまでが書かれている。そして旧約聖書はこの世が創られてからイエス・キリスト以前までが書かれている。

聖書はそのような流れに従って読まなければ、正しい理解、正確な理解は得られないことは言うまでもない。
エホバの証人は「聖書は神の言葉」と言ったり、真理だと言ったりしているのにもかかわらずそのような「時の流れ」には無関心のようである。

彼らは、エゼキエル書、詩篇、イザヤ書、福音書、パウロの手紙、など、その時の流れ、神の救いの順序には、全く考慮しない。自由自在に彼らは自分の都合の良い聖句を引用する。それで彼らは正確な理解をしなければならないとしているのだ。彼らの正確とは何であろうか。何よりも驚くのは、それを読むエホバの証人である。そのめちゃくちゃな引用を全く当たり前のこととして受け入れることである。彼らの中には、真理かどうかを判断する基準はないのだ。

つまりものみの塔ほかの彼らの団体がすることが真理なのである。分かっていたことと言えばそれまでであるが、彼らの言うこと、することはすべてそのように考えて行かなければならないことを、肝に銘じておこう。

しかしエホバの証人よ!あなたが信じている人たち(組織)は、にせ預言者であることをいい加減に気がつくべきだ。

聖書には、にせ預言者は終わりのとき、サタンと共に火と硫黄の池に投げ込まれると書かれていることはご存じだろうか。

そして、彼らを惑わした悪魔は火と硫黄との池に投げ込まれた。そこは獣も、にせ預言者もいる所で、彼らは永遠に昼も夜も苦しみを受ける。(黙示録20:10)


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