投稿者 : webmaster 投稿日時: 2012-01-09 06:19:28 (575 ヒット)

ユダヤ人たちは、そのことにあまり敏感ではなかった。当時のユダヤの王としてローマから任命されていたイドマヤ人ヘロデは、ローマを気にしてとてもナーバスになった。

 東方の国からやってきた知識人たちに刺激されてヘロデ王は、すぐに行動を起こした。ローマからの叱責を恐れたためか、自分のローマから与えられた王としての地位を守るためであったか。たぶん両方であったろう。

 律法学者たちに救い主が現われる場所を聞いたとき、訪ねていく東方の博士たちに新しい王のことがわかったら知らせるように頼むのであった。「私も礼拝に行くから」という口実は、偽りのものであったことがすぐにわかった。

 ヘロデは生まれてくると言われた場所に住む2歳以下の子供たちを皆殺しにするのである。新しい王と告げられたその芽を早くも摘んでしまおうとしたのであった。

 嬰児イエスの危機である。ここでもエホバ神はイエスの味方いや保護者であった。夢で父ヨセフに知らせて、エジプトへ逃がすのである。そしてヘロデが死ぬまでエジプトにとどまっているように注意する。このようにしてエホバ神は、イエスを守って御業の達成を確実なものとされたのである。

このようにエホバ神はイエス・キリストがこの危険な世に送り込むために細心の注意を払っておられるように見える。このようなエホバ神の大きな御業に対し『エホバの証人』はまったく注意をしないどころか意味がないとすら言うのである。「エホバの証人」は本当に『エホバの証人』であろうか。(この項終わり)


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2012-01-07 13:59:36 (635 ヒット)

 キリスト教会のキリストの降誕劇では、羊飼いたちのイエス・キリストへの礼拝の後、すぐに東方から来た3人の博士たちが光る星を訪ねてイエスを礼拝に来ることになっている。

 これはたしかに興味深い図がらではあるけれど、聖書から読み取れる事はもっと複雑で面白い事情があったようである。

第一に、ユダヤから遠い東の国で何故ユダヤ人の王として生まれた方が興味を引いたのか。このことは聖書を信じている人にしか関心はないはずではないか。
 これはイスラエルのバビロニア捕囚などでユダヤ人から手に入れた聖書からその知識を得たのではないかと言われる。
 また3人の博士というが、人数は贈り物、黄金、乳香、没薬の数から3人という数字が出てきたようであり、実はその国の使節としてきたということを考えるともっと人数は多かったのではと考えられる。

博士とは、どんな人たちなのか。今でいえば、天文学の博士、または占星術師か。その昔、科学の発達していない国においては、最先端の知識人、国を動かす農業を動かす学者と言ってもよいのではないだろうか。当時のもっとも進んでいる人が大挙してユダヤに来たのだ。ユダヤで王様として生まれた人を探しに。(続く)

 
 


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2012-01-06 16:59:58 (456 ヒット)

 前項では、バプテスマのヨハネに出てもらったのは、少し先を急ぎすぎたようである。しかしそのこころはイエスがまだ生まれないうちに母マリヤは、バプテスマのヨハネの母エリサベツに会いに行ったりして励ましを受けたことを報告したかったのだ。またバプテスマのヨハネは前項に書いたようにイエスの使命達成のために大きな役割をしたこともエホバの深いご計画のうちであったことも知ることができる。

 イエスの母マリヤが臨月にさしかかるころ、マリヤとヨセフは皇帝アウグストの住民登録をせよとの命令によって現住所ガリラヤの町ナザレから生まれた町ユダヤのベツレヘムに行って登録をしなければならなかった。ご存じの馬小屋でのイエスの誕生である。ただユダヤには旅人を受け入れる専門の旅館のようなものはまだなかったであろうという説もある。客間がいっぱいなので、かつては馬などもいた居間に宿泊をしなくてはならなかったのではないかという。

 そこでマリヤはイエスを出産することになる。時も時、近くで羊を飼っていた羊飼いたちが野宿で夜番をしていたが、そこに御使いがあらわれて告げた。「恐れることはありません。今、私はこの民全体のためのすばらしい喜びを知らせに来たのです。今日ダビデの町ベツレヘムで、あなた方のために救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。」すると多くの天の軍勢が現われて神を讃美して言った。

「いと高き所に、栄光が神にあるように。
 地の上に、平和が、
 みこころにかなう人々にあるように。」

御使いたちが天に帰って行ったとき、羊飼いたちは話し合って、「さあベツレヘムに行って、主が私たちに知らせてくださったこの出来事を見てこよう。」そして急いで行って、マリヤとヨセフと飼い葉おけに寝ておられるみどりごとを探しあてた。
そしてそれを見たとき、羊飼いたちは、この幼子について告げられたことを知らせた。

 エホバは、マリヤとヨセフに、羊飼いを用いてその幼子が救い主であり、主キリストであることを知らせた。(ルカの福音書2章より)

 エホバは、イエスをこの世に誕生させることに成功したのだ。エホバはご自身で御使いの軍勢によって誕生をお祝いされた。(続く)


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2012-01-05 20:52:19 (609 ヒット)

母マリヤと父ヨセフはイエス・キリストに一番近い人たちであるから、エホバ神が気遣いをしたり気配りをするのは言ってみれば当然と言えるだろう。しかしエホバはイエスが使命を果たすためにさまざまなお働きをされた。聖書にはこまごまとそのことが記されている。

 イエス・キリストが30歳のころ、ヨルダン川でエホバ神に悔い改めをする者たちに洗礼を授ける者があらわれた。その人はバプテスマのヨハネと呼ばれた。イエス・キリストがそのバプテスマのヨハネから洗礼を受けたとき、聖霊が天から鳩のように下ってイエスの上にとどまった。そして天から「これは私の愛する子。わたしはこれを喜ぶ」との声が聞こえた。エホバの声である。この時からイエス・キリストは、公生涯に入ったと言われる。

 このバプテスマのヨハネであるが、年を取るまで子供が生まれなかった祭司ザカリヤと妻エリサベツの子どもとしてイエスより数か月早く生まれる。エリサベツは、母マリヤの親戚で妊娠した時マリヤを励ましているのである。

 祭司ザカリヤも年取ってから子供ができると御使いに予言されるが、そのことを信じなかったためにヨハネが生まれるまで口がきけなくなってしまう。

 このヨハネも確かにエホバ神の気遣いと言えるのではないだろうか。ヨハネが地ならしをしたところに、イエスがあらわれて「神の国が近づいた」との福音が告げられる。

 もしヨハネが前触れをしなかったら、イエスの使命はさらに困難なものとなっていたことだろう。ヨハネは現に自分がイエスの先触れであることを公言している。「私はその方のはきものを脱がせてあげる価値もありません。」と。

 イエスの最初の弟子たちは、ヨハネの弟子が自分で薦めて弟子になったものが多いことからもよくわかるであろう。

 このようにエホバ神は、イエスが使命をはたすために、そのレールを引いてご自身のみわざを進められたのだ。

 今ここに書いたことは、すべて聖書の福音書に書かれていることで実際に読んでみればもっとずっと詳しく書かれていることである。(これを読んでくださった方はぜひ聖書を読んでみていただきたい。)このようにエホバはイエスを地上に送るにあたって細かな心遣いをされている。

 クリスマス(イエスの生まれたこと)は、エホバ神のご計画であり、私たち人間にとって、本当に大事件であり、エホバに真に感謝しなければならないことだと思う。

 彼らが、文字通り真の『エホバの証人』であれば、嫌うとか無視するとかするなどはとんでもない。決して見過ごしにすることのできないはずだと思う。(続く)
 


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2012-01-03 18:51:08 (584 ヒット)

前回からの続きだが、マリヤが神の御使いから言われたとおり、神の御子を妊娠したといくら主張しても実際だれも納得してはくれないだろう。

 それは、マリヤのいいなずけヨセフにとってみれば、マリヤの言い分はとても簡単には信じられないはずだ。読者が自分の立場として考えてみればすぐにわかる。
 夫のヨセフがいくら神様を信じている正しい人であっても、いや神様を信じていればそれだけに、受け入れるのは困難であろうからその事情は変わらないだろう。聖書マタイの福音書にも、夫のヨセフは正しい人であって、彼女をさらし者にはしたくなかったので、内密にさらせようと決めた、と書かれている。

 ここはエホバ神が介入しなければ、この信心深いマリヤとヨセフの結婚は、すぐに壊れてしまうにちがいない。

 そこにやはりエホバ神はヨセフに夢でお語りになった。

主の御使いが夢に現れて言った、「ダビデの子ヨセフ。恐れないであなたの妻マリヤを迎えなさい。その胎に宿っているものは聖霊によるのです。マリヤは男の子を産みます。その名はインマヌエルと呼ばれる。」と、エホバはマリヤに言われたのと同じことをヨセフにも言われた。そのうえ、この方こそ、この赤ちゃんこそご自分の民をその罪から救ってくださる方だと、イエスの尊い使命をも告げられたのだった。

 そこまで言われればただでさえエホバを信じている信心深いヨセフであるから、周囲の目をもはねのけてもマリヤとの結婚を敢行したのだと思われる。

 もしエホバのヨセフへの気遣い、助言がなければ、いくらマリヤが素晴らしい女性であっても結婚にまで至ったであろうか。つまりここにエホバの偉大な御業がある。

「エホバ」の証人であれば、この偉大な御業をまったく否定することは、自らエホバの証人であることを否定することになるのではないだろうか。(続く)


« 1 ... 35 36 37 (38) 39 40 41 »