聖霊によって2

投稿日時 2018-01-13 17:12:37 | カテゴリ: メッセージ

聖書は、神の書かれた本と「ものみの塔」は言っている。それは良いだろう。そして実際に聖書を読むと不思議なことがたくさん書かれている。それは、神は全知全能の方であり、神のみこころやみわざは、人知を超えたものだからだ。
 しかし、「ものみの塔」は、過去のこととして気楽に物語る。旧約聖書の中の出来事は、以前の物語、昔の物語として片づけることができる。
しかし、現代に通じる「使徒の働き」以降の話しについては、神の働きである聖霊の物語となる。(使徒2:1以降)彼らはこの現代の事実につながるお話をやはり過去のこととして閉じ込めておきたいようである。彼らJW統治体は、聖霊の働きを過去の物語に閉じ込めて、それらを人間自身の努力におきかえたいようである。

 神は、「求めよ、そうすれば与えられる」(マタイ7:7)と聖書で言われた。
聖書によれば、誰でも求めれば与えられるもの、それは聖霊ではないのか。もしそうなら、聖霊は誰にも与えられ、神のみこころは理解できるはずである。
しかしものみの塔は、いや、JW統治体は、自らを聖霊の経路と規定し、聖書の読み方をコントロールしている。そして無知で無邪気?なエホバの証人にそのように教育している。
 彼らJW統治体は、何をしたのか。神に直接聖霊を求めないようにしたのだ。そのようにして神の聖霊つまり神と、個人つまりエホバの証人との連絡を遮断しているのだ。
彼らは神との経路を遮断して真の聖霊との経路を塞いだ。そして彼らのにせ経路から彼ら統治体の指令命令を神の命令として聞くようにしたのだ。

 しかし、実際、神の直接の経路である聖霊との連絡は、閉ざされてはいない。神の御言葉はいまも残っている。
イエス・キリストは言われる。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければだれひとり父のみもとに来ることはありません。」(ヨハネ14:6)
そのとおり、イエスが、父への道であり、イエスを通してでなければ、父のみもとに行くことはできない。
 逆に言えば、イエスを通してであれば、だれでも父のみもとに行くことはできるのだ。

エホバの証人は、この点で大間違いをしている。エホバの証人は、父のみもとに行くのは、組織、つまり統治体を通してでなければ、父のみもとに行くことはできないと思っているのではないか。JW統治体は、聖霊の経路だなどと言って、神の御言葉=聖書のみ言葉を忘れさせて、統治体を向かせようとしてる。彼らの集会、大会、ものみの塔、あらゆる出版物を通してでなければ、神のみもとに行けないとして、エホバの証人を正しい道から遠ざけているのだ。
騙されてはいけない。神への道はまだイエスを通して開かれているのだ。




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