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メッセージ : エホバの証人にとって聖書は・・・?
投稿者 : webmaster 投稿日時: 2018-06-26 19:11:49 (34 ヒット)

エホバの証人は、聖書は神のことばだという。そしてそのことばにふさわしく!聖書のことばを多く引用しているようだ!そして彼らの「真の聖書」とも言われる「ものみの塔」や「めざめよ」などという機関誌にも聖書のことばをふんだんに引用する。

そのような彼らを見ると、なるほど彼らは聖書を信じている人たちだなあ!と感心する人もいるかもしれない。もちろんエホバの証人自身も、「私たちは聖書をよく学んでいるし、聖書に従っている唯一の宗教団体だと思って自慢しているかもしれない。現に彼らは自分たちの学びは、驚くことに、キリスト教の神学校を卒業した人たちよりも聖書をよく勉強しているし、さらによく知っていると自負しているらしい。

 しかし早く言ってしまえば、彼らは、ものみの塔を書いてくる統治体も、それを読むエホバの証人も神を信じていない。もっと言うと、聖書に書かれているとおりに神が人間をお造りになったということを信じていないのかもしれない。これは、聖書を神のことばと信じるキリスト教の人たちにとっては驚くべきことだと思う。(そう、中にはそのように信じているキリスト教信者もいないとは言えないかもしれないが。)

 エホバの証人統治体は、神のことばである聖書を、たとえば百科事典のように引くのだ。聖書に書かれていることは「真理!」なのだから、書かれている言葉を利用して自分たちの言いたいことを言うというのが、エホバに従い彼らの聖書を利用する方法なのだ。

 聖書に書かれている神のことばに、つまり神の言われることに従うために聖書を読もうとはしないのだ。却って、その「正しい」神の言葉を利用しようとする。

一般に、聖書を信じる人たちは、神がこの世をお創りになったこと、また神の摂理によってこの世が動いていることを信じて、神を崇めて従おうとするのではないだろうか。しかし驚いたことに、彼ら(エホバの証人統治体とそれに従う人たち)は神に従うことを目的にせずに、神が言われたとすることば聖書を利用しようとする人たちなのだ。

 そういう人たちを、神はどのように思われるだろうか。

 しかし残念なことに、彼らエホバの証人は、そのような勝手な解釈から逃れることができない。何故かと言えば、自分で聖書を読んで文字通りに解釈しようとすると、常に聖書の以下の言葉によって、妨害されるのだ。
「それには何よりも次のことを知っていなければいけません。すなわち、聖書の預言はみな、人の私的解釈を施してはならない、ということです。(ペテロ第2の手紙1:20)」(この項終わり)


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