メッセージ
メッセージ : エホバの証人の「天地」について
投稿者 : webmaster 投稿日時: 2018-06-13 07:16:13 (97 ヒット)

 もう一度天地の教理にもどってみよう。
もし聖書のさまざまの箇所で言われている「天地は消え去ります。」が、聖書のいうとおりであったならば、一般の敬虔なエホバの証人の行くべきところはなくなってしまうことになるのだ。彼らが一生懸命に信じている「地上で永遠に生きる」その場所がなくなってしまうことになる。これは大変なことになる。統治体は、聖書の教えに逆らって、なんとか一般の敬虔なエホバの証人の行くところを作らなければならないのだ。

 それでエホバの証人統治体は、「天地は消え去ります」をいっしょうけんめい否定しなければならないのだと思います。

エホバの証人は、「なぜ天地は滅びるだろう。しかしわたしの言葉は永遠に立つ。」ということばに反発するのだろうか。このことばは、旧約聖書から、新約聖書にいたるまで繰り返されている言葉なのだけれど。最近の翻訳新改訳2017の聖書にいたっては、天地は滅びるではなくさらにある意味でははっきりと、「天地は消え去る」との翻訳になっている。

 お分かりと思うけれど、この世の終わりについて聖書に書かれていることである。聖書はこの「天地」ということばは、神の被造物のすべてと考えて当然と思われる。
たとえば
詩篇102篇25節以降を見てみよう。
「あなたは はるか昔に地の基を据えられました。天も あなたの御手のわざです。これらのものは滅びます。」とあり、続けて
「しかしあなたは とこしえの方です。すべてのものは 衣のようにすり切れます。外套のように あなたがそれらを取り替えられるとそれらはすっかり変えられます。」とあります。

この御言葉を読むと、神には、ものみの塔が言っているような「地を人の住みかにするという(神の)お目的」はないのではないでしょうか。なぜ、これらの言葉を象徴的な意味に理解しなければならないのでしょうか。
この「地が永遠のものである」というお考えは、神にはないと思われます。
「もちろん「地」が人たちの意味で使われている例もないと思われます。」と書かれているけれど、ものみの塔が引用している創世記 11章1節の『全地は一つの言語一つの音のみなりき』といくら文語体の旧約聖書の引用であっても見当ちがいでしょう。
ここで「全地」と書かれているのは「に住んでいる人々」を省略して、詩的に書かれただけではないでしょうか。

終わりの時には、邪悪な人たちだけが滅びなければならないのでしょうか。(この項終わり)


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