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メッセージ : ヨハネ3章16節を読む
投稿者 : webmaster 投稿日時: 2018-04-05 14:10:34 (154 ヒット)

ヨハネ3章16節
(新世界訳)
15 それは,彼を信じる者がみな永遠の命を持つためです。
16 「というのは,神は世を深く愛してご自分の独り子を与え,だれでも彼に信仰を働かせる者が滅ぼされないで,永遠の命を持てるようにされたからです。
(新共同訳)
15 それは、信じる者が皆、人の子によって永遠の命を得るためである。
16 神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。

ヨハネの福音書3章16節は、実は、聖書を信じる者の間では非常に大事な聖句とされている。とても大事で、このことばは、聖書の中の聖書と言われているくらいなのである。上にかかげたのは、エホバの証人が常に用いる新世界訳聖書とカトリックとプロテスタントの教会が共同で訳した新共同訳聖書の同じ個所である。

この個所をしばらく比べてみていただきたい。非常に似ているが、ちょっとちがっているところが目につくと思う。15節はほぼ変わりがないと思う。違っているのは、16節である。新世界訳では、「だれでも彼に信仰を働かせる者が滅ぼされないで」と訳されているが、新共同訳では「独り子を信じる者が一人も滅びないで」と訳されている。新世界訳は(彼に信仰を働かせる者)となっている。共同訳の(独り子を信じる者)よりも丁寧に訳されているように見える。共同訳の「信じる」を「信仰を働かせる」と翻訳している。

意味としては、変化がないように思われるのだが、エホバの証人の解釈は違うのである。この「信仰を働かせる」は、「信じて行動をおこす」ものという解釈なのである。彼らエホバの証人はこの「信じる」という言葉にこのような意味を持たせることによって、驚くことに、奉仕をしているのはエホバの証人だけなのだから、「滅ぼされない」のは、つまり、救われるのは、エホバの証人だけだと主張するのである。

はたしてこの主張は正しいのだろうか。
まずこの翻訳は正しいのだろうか。この「信じる」という言葉は、聖書本文を見ると3章の15節と16節に出てくるが、まったく同じことばなのであるが、16節だけは、「信仰を働かせる」と訳している。3章の15節と16節は、どこも変わったところはないのである。このように違う訳になる理由はまったくない。参考までに、口語訳、新改訳・新改訳2017の訳文も見てほしい。これらの訳はまったく変わらない。
またさらに、この訳文「信仰を働かせる」は、先に示したように、信仰をもって行動すると訳すことは、不可能である。普通に日本語を学んだ人であれば、「信仰を働かせる」をどう読んでも、(強く信じる)または(自ら信じようとする)などとしか意味を取ることはできないだろう。彼らエホバの証人は、統治体の指令によって、「信仰をもって働く」などと無理に読み替えているのであろう。まさにめちゃくちゃな読み方としか考えられない。
さて、それではこの読み方にしたがって、エホバの証人のこの聖句の読み方に従って行動すなわち奉仕をしたとき、真に神のみこころに従っていると言えるのだろうか。
この聖句は、エホバの証人の読み方ではなく、普通に日本語を読む読み方で読んでみるとどうなるのだろうか。他の読み方もほとんど変わりないのだが、口語訳の訳で読んでみよう。
15節:「彼を」…つまりイエスを信じる者は、すべて永遠のいのちを得る、つまり救われると書かれている。
16節:ここには15節の理由が書かれているようである。つまり、神は地上の人間が堕落しているために、神の国におられるご自身の独り子を、地上に送って罪ある人間の代わりに独り子を罰するほどに人間を愛してくださったのである。それは御子イエス・キリストがそのために死んでくださったことを信じる人はひとりも滅びないで、永遠のいのちをいただけるのである。
改めてその意味を解説するほど、難しく書かれているわけではない。もちろんこの聖句の指し示す救いの意味は、ここに何行かで解説できるほど易しくはないと思うが、決して行動つまりエホバの証人の奉仕をすることによって永遠のいのちが得られるとは読めないと思う。つまり、永遠のいのちを得るためには神のみ子イエスを信じることによるということであり、それ以外に永遠のいのちをいただく方法はない。
信仰による救いを支持する聖句は新約聖書の中に多々あるが、2,3挙げてみよう。
・しかし、人は律法の行ないによっては義と認められず、ただキリスト・イエスを信じる信仰によって義と認められる、ということを知ったからこそ、私たちもキリスト・イエスを信じたのです。これは、律法の行ないによってではなく、キリストを信じる信仰によって義と認められるためです。なぜなら、律法の行ないによって義と認められる者は、ひとりもいないからです。(ガラテヤ2:16)
・事実、この世が自分の知恵によって神を知ることがないのは、神の知恵によるのです。それゆえ、神はみこころによって、宣教のことばの愚かさを通して、信じる者を救おうと定められたのです。(汽灰螢鵐1:21)
「信仰によって救われる」としか読めないような聖句を、無理やり奉仕に結びつけようとするエホバの証人統治体の誤導に得々として従っている勤勉なエホバの証人の信仰を心から危惧する。このような指導の下に終わりを迎え神のさばきに会うとしたら…と考えるからである。一刻も早くしっかりと聖書を読んでイエス・キリストの救いに与ることを祈ります。(この項終わり)

(口語訳)
15 それは彼を信じる者が、すべて永遠の命を得るためである」。
16 神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。
(新改訳・新改訳2017)
3:15 それは、信じる者がみな、人の子にあって永遠のいのちを持つためです。」
3:16 神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。


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