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メッセージ : パウロとエホバの証人
投稿者 : webmaster 投稿日時: 2017-10-19 10:15:23 (53 ヒット)

エホバの証人は、「私たちはエホバ(神)を信じているので、イエスも信じている」という。
しかし、エホバを信じることとイエスを信じることはまったく異なることに、彼らは気がつかない。しかし、彼らはそのことを無条件で信じて、エホバの証人であることに安心をしているようである。何故彼らはそのように信じているのか、聖書を普通に読んでいる私たちには非常に不思議である。

その点について、パウロ(イエス・キリストを信じる前は「サウロ」と呼ばれていたのでサウロとする)の信仰の移り変わりから、少し考えてみたい。
サウロはイエス・キリストに出会う前は、パリサイ人であった。それも他のパリサイ人に比較して聖書の律法の知識の点からまた信仰の深さの点からも群を抜いていた。これは推測でも何でもない。パウロ自身が手紙の中で書いていることだ。

そのときサウロはキリストを救い主と信じている人たち、もちろん使徒たちに対しても、何をしたか、聖書「使徒の働き」から見てみよう。 サウロは、初期教会の信仰の中心的人物であったステパノを石打刑にすることに賛成し(使徒の働き8:1)、石打をする人たちのために上着をあづかったりしているのだ。彼はそれだけキリストを迫害する人たちの信頼を受け、指導的立場にいたと言えるだろう。
 「さて、サウロはなおも主の弟子たちを脅かして殺害しようと息巻き、」と使徒9:1にあるように、彼は、このキリストを信じている人たちを迫害するために、70人議会に申し出て、これらの人たちを逮捕して罰を受けさせるために手下たちとともに先を急いだ。パウロはユダヤ人の中枢の人たちから、これはイエス・キリストを十字架に付けた人たちでもあったわけだが、捕縛する権限をあたえられて、エルサレムから遠く離れたダマスコにまで押しかけようとしたのだ。
「ところが、サウロが道を進んでダマスコの近くまで来たとき、突然、天からの光が彼の周りを照らした。」(使徒9:3)パウロは、ダマスコに近づいたその時、キリストに会ったのだ。多分彼は馬などに乗っていたのであろう。するとその時パウロの目の前に大きな光が輝いた。「彼は地に倒れて、自分に語りかける声を聞いた。「サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか。」彼が「主よ、あなたはどなたですか。」というと答えがあった。「わたしはあなたが迫害しているイエスである。」(使徒9:4〜5)馬と共に地面に倒れ伏したパウロにキリストの声が響いた。そしてパウロは、一時的に失明状態になって仲間の人たちに手を引いてもらいダマスコにたどり着いたのだ。その大きなショックの結果、パウロはキリストを救い主と受け入れるようになったのだ。
そしてパウロはそれらの時を思い出して自分は大悪人だと述懐している。

 パウロは、イエス・キリストを信じていなかったが、神(エホバ)を信じていた。

だから、エホバの証人は「私はエホバ神を信じているから、キリストを信じている。」と当然のように言うことはできない。エホバ神を信じることとイエス・キリストを信じることは違うことなのだ。エホバの証人は、そのことをはっきり認識して、イエス・キリストを信じなければならない。

 では、イエス・キリストを信じていたペテロやヨハネはどうであったか。ペテロやヨハネは、もともと神を信じる人たちであった。ペテロやヨハネは、神を信じていながら、イエスを信じることができた。これは、彼らには非常な幸運に恵まれたということであろう。しかし、彼らにしても、イエスは誰かということを完全に分かったのは多分イエスが十字架にかかられた後であったのではないだろうか。4つの福音書にはそのことが詳しく書かれているので是非読んでみていただきたい。

 そしてイエスがキリスト(メシア)であると信じた人は、その信仰によって救われるのだ。(この項終わり)


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