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メッセージ : 自転車の鍵 信仰の鍵
投稿者 : webmaster 投稿日時: 2017-10-11 17:51:30 (58 ヒット)

ある鍼灸師のところへ行ったとき、ポケットに入っていた小さな自転車の鍵が邪魔になると、バッグの中に入れた。
そして施術が終わって帰ろうとしたとき、自転車の鍵が見当たらない。いくら探しても小さなバッグを逆さにして振っても鍵は出てこない。
施術の場所を探してもない。それで、ここにはないとあきらめた場所を探し始めた。するとそのカギは定期入れの中に挟まっているのが見つかった。
「もう、ない。」とあきらめていた場所にそれは在った。自転車は、鍵がないと動かない。小さなものだが非常に大事だ。なければ重い自転車を担いで自転車屋に持っていくか、自家に持って帰らなければならない。

 
エホバの証人は、その大事な鍵を自らしまいこんでしまったために、大変な努力をしているのではないか。
その大事な鍵とは、「イエス・キリスト」である。
いや、忘れていないというかもしれない。しかし、イエス・キリストについてその働きに枠をはめて、「一生けん命に祈らなければ、罪は赦されない」だとかそのお働きを軽んじることをさまざまに押し付けており、聖書に書かれているキリストの御力を制限することによって、証人たちのイエス・キリストに対する信仰を妨げていることは間違いないと思う。
「贖い」についても、そのとおりである。イエス・キリストの贖いは、信じる者には、既に働いているのだ。信仰によって贖いの効果を得るというものではない。
そのことを信じるか否かである。


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