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メッセージ : 主の記念式とは?!!
投稿者 : webmaster 投稿日時: 2017-04-12 17:37:45 (107 ヒット)

ある人たちは、年に1度、「主の記念式」と言って、食事をしないために集まっている。まったく不思議なことをやる宗教団体もあるものだ。

彼らは、年に一度、イエスが命じたこととして、食事をするために集まってくる。それも自分にとって最上の装いをして。お祝い気分なのである。それがまたおかしい。

新約聖書には、イエスが十字架に付けられる直前に弟子たちを集めて食事をしたことが記されている。一番古い記録として第汽灰螢鵐反佑悗亮蟷罍隠云錬横~26にある。これがイエス・キリストの有名な最後の晩餐と言われる記事である。
キリスト教の教会では聖餐式の度に式文として読まれる記事なので、ここにご紹介しよう。
すなわち、主イエスは、渡される夜、パンを取り、感謝をささげて後、それを裂き、こう言われました。「これはあなたがたのための私のからだです。わたしを覚えて、これを行いなさい。」
夕食の後、杯をも同じようにして言われました。
「この杯は、わたしの血による新しい契約です。これを飲むたびに、わたしを覚えてこれを行いなさい。」
ですから、あなたがたは、このパンを食べ、この杯を飲むたびに、主が来られるまで、主の死を告げ知らせるのです。

そしてほとんどのキリスト教の教会では、月に1度か2度、この聖餐の式を行っている。牧師はこの式文を唱えながら、集まっている信徒たちにパンを裂いて回し、ぶどう酒またはぶどうジュースを配って共にいただく。このような聖餐式は主イエスの記念なのだから、本当はもっと頻繁に聖餐式を行う望みはあるが、諸般の事情によって月1度くらい行う教会が多い。

しかし、ここに奇妙な宗教団体がある。聖書を神のことばと信じているというが、年に1度しかこの聖餐を行わない。そしてキリスト教会と同じように上記の式文を唱えて、パンを配るのだが、パンをとって食べる者も一人もいない。またぶどう酒またはぶどうジュースを配るのだが、誰も飲まないのだ。
「これは私の肉である。このパンを食べなさい」とイエスがおっしゃっているのに、多くの人が集まって、パンをその人たちに回しながら、誰も食べないのだ。また聖書には、続けてイエスがぶどう酒を示して「これは私の血である。これを飲みなさい」と言って、集まっている多くの人に回すのであるが、誰も飲まない。

これはまさにおかしい。この人たちは自分たちのことを「エホバの証人」と言っている。彼らは、それでいて、自分たちほど聖書=神の言葉に従っている者はいないと言っているのだ。また、イエスを信じていると称して、自分のことをクリスチャンとも言っているのだから。日本にいる、多くの人たちがこのような奇妙なことをしているのだ。

彼らがイエス・キリストを信じているというなら、イエスの言葉に従うべきだろう。イエスは、父なる神に聞かずにはことばを話さないと言っておられるのだから。もしこのイエスの言葉にしたがわないのであれば、父なる神=彼らのエホバの命令にも従わないことになってしまうのだ。重大な命令違反=罪ではないのだろうか。

しかし、聞いてみると、パンを食べぶどう酒を飲むことができるのは、天に行く14万4千人だけだという。しかし、誰がそんなことを決めたのであろうか。
彼らは、イエスの命令=父の命令よりも強い命令を誰かから受けているのであろうか。
つまり、そのことを決めたのはものみの塔を出版している統治体以外にはない。つまり、彼らは、イエスや父なる神よりも強い命令を受けている人たちなのだ。神以外のものに従う者は、偶像礼拝者である。
はしなくも、ここでもそのことが明らかになったのである。(この項おわり)


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